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広州市(クァンジュし)は大韓民国京畿道の中部にある市である。 光州広域市とは、漢字表記では区別できるが、ハングル表記では同じ(광주)となるため、区別のためこちらのみ경기(京畿)を付加することがある。 == 沿革 == * 紀元前6年 - 慰礼城(現在のソウル)から西部面春宮里(現在の河南市)に首都を移し、「河南慰礼城」と呼んだ。 * 370年 - 近肖古王25年まで376年間百済の都。 * 940年 - 広州に改称〔광주역사-연혁 〕。 * 15世紀 - この頃から、官窯(広州官窯)がおかれ、白磁の制作が盛んとなる。 * 1577年 - 広州府に昇格する(次の23面が設置される:慶安、五浦、都尺、実村、草月、退村、草阜、東部、西部、九川、中垈、細村、突馬、楽生、大旺、彦州、旺倫、日用、月谷、北方、松洞、声串、儀谷)。 * 1752年 - 官窯が分院里に移設。 * 1883年 - 官窯廃止に伴い、分院里窯が民窯に移管。 * 1906年 - 一部(北方面・声串面・月谷面)が安山郡に、一部(草阜面)が楊州郡にそれぞれ編入。 * 1907年 - 郡となり、郡庁を中部面山城里に設ける。 * 1914年4月1日 - 郡面統合により、広州郡の大部分(儀谷面・旺倫面を除く)と楊平郡の一部(南終面)を広州郡として編成。広州郡に以下の面が成立(16面)。 * 中部面・慶安面・五浦面・都尺面・実村面・草月面・退村面・東部面・西部面・九川面・中垈面・突馬面・楽生面・大旺面・彦州面・南終面 * 1937年12月25日 - 慶安面が広州面に改称(16面)。 * 1963年1月1日 - 九川面・彦州面・中垈面および大旺面の一部がソウル特別市城東区に編入(13面)。 * 1973年7月1日(10面) * 京畿道城南出張所(大旺面・楽生面・突馬面および中部面の一部を管轄)が城南市に昇格・分離。 * 五浦面の一部が広州面に編入。 * 都尺面の一部が実村面に編入。 * 草月面の一部が中部面に編入。 * 退村面の一部(金沙里・二石里・三成里)が南終面に編入。 * 1979年5月1日 - 広州面が広州邑に昇格(1邑9面)。 * 1980年12月1日 - 東部面が東部邑に昇格(2邑8面)。 * 1989年1月1日 - 東部邑・西部面および中部面の一部(上山谷里)を河南市として分離(1邑7面)。 * 2001年3月21日 - 広州郡が広州市に昇格(1邑6面)。 * 広州邑を廃止し、3つの行政洞に分割。 * 五浦面が五浦邑に昇格。 * 2004年6月21日(3邑4面) * 草月面が草月邑に昇格。 * 実村面が実村邑に昇格。 * 2011年6月21日 - 実村邑が昆池岩邑に改称(3邑4面)。 * 2015年10月16日 - 中部面が南漢山城面に改称(3邑4面)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「広州市 (京畿道)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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